細谷正充の挿画コラム【3】生頼範義

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生頼範義の挿絵の魅力

子供の時から小説の挿絵が好きだったが、作者の名前を意識するようになったのは、いつ頃だったろうか。はっきりとこれと指摘できないが、生頼範義が、そのひとりであったことは間違いない。中学一年生で読んだ、平井和正の『狼の紋章』は、ストーリーの面白さは当然として、肉感的な女性の挿絵に衝撃を受け、たちまちのうちに生頼の名前を覚えたのである。以後、平井和正や大藪春彦の作品の挿絵やカバー・イラストを中心に、大いに目の保養をさせてもらった。

もちろん生頼の仕事の幅は広く、他にもたくさんの絵を残している。そのなかで特に忘れられないのが、昭和四十八年九月に徳間書店より刊行された、宇能鴻一郎の『忘鬼一郎旅券控 大剣一閃金髪を斬れ』のカバー・イラストだ。内容は、日本古武道の達人の忘鬼一郎が、愛刀の出羽月山を片手に世界を股にかけ、さまざまな事件と女性にかかわる連作シリーズである。おそらくは〝007〟人気を当て込んだ(当時、この手の作品は意外と多かった)のであろうが、宇能にしては珍しいコミック・アクション物の快作となっている。

おっと、話をカバー・イラストに戻そう。写真を見ていただければ分かるように、金髪女性の顔のアップを背景に、刀を持った主人公の全身像が描かれている。ここで注目したいのが、主人公の股の間に、アドルフ・ヒトラーの顔があることだ。

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ヒトラーの説明は無用であろう。第二次世界大戦と民族浄化運動により、大量の人々を死に追いやった、ナチス・ドイツの指導者である。その顔はあまりにも有名であり、強力なアイコンとして、今も機能している。宇能作品の中に、そのヒトラーが登場するのだ。実はアフリカの奥地で、秘かに生き延びていたのである。このような内容を鑑みて、生頼はヒトラーの顔を描いたのであろう。

だが、日独伊三国同盟によってドイツと共闘し、敗戦国となった日本人にとって、ヒトラーの扱いは難しい。ちょっとしたことで問題視される可能性があった。そこで生頼は、ヒトラーの顔を、主人公の股の間に置いたのではなかろうか。中国の故事である韓信の股くぐりが良く知られているように、日本人にとっても股の間に身体があることは屈辱だという認識がある。だからこそ生頼は、このような構図により、ヒトラーに屈辱を与えていると匂わせた。もちろん絵的な面白さも考えてのことだろうが、日本人としての配慮もあったように、思われてならないのである。

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