Vol.5 少年の心で描くミリタリー絵師〜上田 信

上田01

JPAL Archive Vol.5 —上田 信

静岡県清水市にあるフェルケール博物館で、上田信展を開催している期間に上田信を訪ねた。その日、上田信は常に笑みをたたえ、次々、訪れる人に応対していた。穏やかな性格が表情ににじみ出ているようだった。

「僕は小松崎茂の最後の弟子と呼ばれることを光栄に思う」

上田信の作品はミリタリーが有名だ。ミリタリー研究家の第一人者としても実績を積む上田の描く機関銃、大砲などの武器や戦車、戦闘シーンは、その緻密さと正確さで抜きんでている。上田の描くミリタリーはその絵自体から、時代背景やストーリーまでもが浮かび上がってくるようだ。しかもあの伝説の絵師・小松崎茂の最後の弟子としてもその技量を受け継いでいる。

  • 少年時代 「信ちゃん来るかね」の小松崎の誘いで内弟子に

少年時代、上田は、飽きることなく一日中絵を描いていたという。その頃、小学生では珍しい36色の色鉛筆を保持しており、絵を描くのが楽しくて仕方がなかった。小学3年の頃、蒸気機関車を描きに行ったときのこと、「上り坂を懸命に登ろうとする目の前の機関車に心を惹かれ、それからメカ好きになっていきました」とその頃を思い出すように饒舌になった。
当時、少年漫画で人気を呼んでいた鉄腕アトムや鉄人28号。憧れのヒーローを懸命に真似て描いていた。そして、中学生になったときに訪れたのが戦記ブームだった。後に師となる小松崎茂が大好きで、ずいぶん真似て戦車や軍艦を描いたものだった。
「バキューン、バキューン、ドッカーン、ドッカーン」。銃や機関砲の破裂音を上田少年は自身で言いながら戦いの世界に入っていった。
絵が描くのが好きで特に小松崎茂に憧れをもつ上田少年。母親は、小松崎に手紙を書いた。すると、小松崎から「一度遊びにいらっしゃい」と返事がきたのだ。
上田少年は、自分の描いた絵を持参し、喜び勇んでアトリエを訪問。憧れの小松崎はとてもやさしかった。小松崎に、「信ちゃんここに来るかね。それとも高校を出てからにするかね」と聞かれたとき、上田は「高校はもういいんです」ときっぱり。「じゃあ、来なさい」と小松崎の誘いで、中学卒業と同時に、住み込みの内弟子になった。上田15歳の時である。

  • 弟子時代 好きなゼロ戦や戦車を描く日々が続く

上田が内弟子になった1年後、もう1人の内弟子が入ってきた。後に、タミヤの戦車のボックスアートの達人となる20歳の大西將美である。
当時、上田を含め内弟子は2人。内弟子の生活とはどういったものだったのだろう。上田の仕事は朝の掃除から始まる。絵の具の皿を洗い、水入れの水を変えて、煙草盆を掃除する。
「作品があるので、あまり動かすことはしなかったですね。一言で言えば、先生のお世話をしながら、先生の技を盗むということでしょうか」と上田は当時を笑顔で振り返る。犬の散歩や御遣いも内弟子の仕事だった。内弟子になった最初に小松崎は「見て覚えなさい」と上田に語ったそうだ。
小松崎のアトリエには小松崎の机が中央にあり、後ろの本棚には資料がぎっしりと並べられている。小松崎の前方に、内弟子の机が壁に向かって並べられており、常に小松崎から見える状態だった。
アトリエの入口付近にはソファが置かれてあり、小松崎の原稿を取りに来る編集者がそこで待機することも多かった。
小松崎は仕事好きで有名な人で、朝11時頃から深夜3~4時まで仕事に熱中していた。よほどのことがない限り、自分の絵を弟子に手伝わせることはしない。全部自分で仕上げてしまう。だから、上田には師の絵の仕事はほとんど回ってこない。たまにバックや線を描くだけである。
内弟子たちは師の仕事時間は起きているのが鉄則だ。しかし、15歳の上田には深夜1時頃「先に寝ていいよ」と声がかかる。仕事中は小松崎が「好きにやんなさい」と言っていたので、アトリエでは上田自身はほとんど自分の好きなゼロ戦や戦車などミリタリー物の絵を描いていた。小松崎が描いた作品が掲載された少年誌は小松崎が見る時間がほとんどなく、上田が見るのが常になっていた。絵が好きな上田にとって、特に苦になることはなく、楽しい内弟子生活だった。

  • 時代背景や塗装など武器のリアル性を追求

内弟子を5年間続け、20歳の時、モデルガンの会社であるMGCの宣伝部に就職。モデルガンのポスターなどを描き、ミリタリーの知識にさらに磨きをかけた。このころから、バンダイやタミヤの戦車、戦闘機などプラモデルのボックスアートの仕事が増えてきた。
「プラモデルの製品がどの時代、どこで活躍したかを調べ、リアル性を追求しました。資料がない部分は自分で資料を集めました」と上田。時代背景や塗装、マーキングなどを調べるのも好きで、その膨大な資料の中から、一番その製品が輝く部分を凝縮し、一筆一筆丹念に紡ぎあげていく。ボックスアートは横長になるので、作品が飛び出すように工夫したという。
また、1980年代、日本のロボットアニメ全盛の頃、機動戦士ガンダムをはじめ、合体マシンや巨大ロボなどのキャラクターを数多く描いた。子供向けの雑誌のキャラクターは特にカラフルな色を使って明るい作品に仕上げた。
「キャラクターはどういうところで活躍しているか、製品ができる直前にしかわかりません。そのあたりは想像をしながら、かっこよくしました」。上田の描く明るい色遣いのキャラクターに子供たちは想像を掻き立てられ、活躍しているキャラクターに惹かれた。

上田03

  • 小松崎から受け継いだ戦闘シーン

上田の画材は、昔から水彩が多い。不透明水彩で、これは小松崎にならったものだ。銃や大砲から閃光とともに火を噴く戦闘シーンを描くのは、師である小松崎から受け継いだ部分が大きい。
上田の著書として名高い『コンバット・バイブル』は発行部数約11万部を記録。さらに2016年5月、『コンバット・バイブル』は進化して復刻版が発売された。
漫画、アニメ、架空戦記、空想科学ものまでジャンルを問わずに描き、師である小松崎様式を受け継ぐ挿絵画的作品から、エアブラシを用いた精密画、カラフルな子供向けイラスト、線描画まで幅広い表現の作品を発表し続けている。今後、どのような作品を描きたいかという問いに、
「注文されるものは何でも描きたいと思っています。これまで集め、研究した資料を元に歴史における、戦闘シーンを再現した歴史画を描きたいです。今は戦国の甲冑や合戦を調べています。」と少年っぽい笑顔で答える。
今も戦闘中のシーンを描く時は「バッキューン、バッキューン、ドッカーン、ドッカーン」と口ずさみながら、そのシーンに入っていく。少年の心で描く様々な作品はリアルを追求しながらも、その逞しい想像力は尽きることがない。

上田02

プロフィール
上田信 うえだしん

1949 年 青森県生まれ。
1964 年 小松崎茂先生に弟子入り。
1973 年 この頃より、プラモデルパッケージや雑誌の雑誌の挿絵等、メカを中心にミリタリー、キャラクター物を描いています。
師の小松崎先生の様に、動植物、歴史物、女性、なんでも描ける様に日々修行中。
●著書「コンバットバイブル」「戦争メカニズム図鑑」
「日本戦車隊戦史」その他
●イラスト担当「戦国合戦マニュアル」「幼児のずかん・きょうりゅう」

 撮影/タカオカ邦彦  取材・文/浅原孝子
error: Content is protected !!